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僕がNegiccoさんを好きになった理由

ずっとネギさんへの気持ちをどう表現したらいいか考えていました。ネギさんのところは歴史がありすぎて、僕などがなにかいう余地はないよねとずっと思っていたのですが、今更ながら、書いて残しておこうと思います。


■根本的なまともさがすごい
僕が考えるNegiccoさんの特別なところは、Negiccoさんが常に普通の、新潟の(とびきり素敵な)お嬢さんたちでいる、ということです。それは、僕が初めてネギさんたちを見たアイばかリリースの時も、全国区の芸能人となり、トップレベルのアイドルになった今も、なにも変わっていないと思います。
彼女たちはいつでもファンの僕たちと同じ高さの地面に立っていて、ファンの言葉や態度をいつだってそのまま受け取ろうとしてくれます。芸能人だから、アイドルだから、おたくの言うことなんて適当に流しておけばいいと思うことも多々あるけど、彼女たちはそうしない。それはとてもとてもしんどいことだと思うけど、彼女たちはそこを変えようとしない。その、人間としての根本的なまともさこそが、Negiccoさんを特別な存在にしている資質だと今では思います。

彼女たちがまともに向き合うから、ファンも無責任に接することができないし、そうやって接しているファンが集まるから、ライブでのあの独特のあったかい雰囲気が産まれる。それに惹かれて集まる新しいファンは、似たような資質を備えた人たちで、その人たちが界隈をさらに大きくする。
そして、その作用はきっとファンだけに限ったものじゃなかったはずです。熊さんやconnieさんを惹きつけ、嶺脇さんや雪田さんを味方につけ、西寺郷太さんや田島貴男さんをはじめとする数々の強力な味方を集め続けてきて、いまなお友好的な関係が続いているのは、いろいろ他の理由もあると思うけど、まず第一に、彼女たちが根本的にまともだからだと思います。そこを起点に、14年以上にわたって丹念に丹念に積み重ねられてたチリツモの連続の集積。それが、いまNegiccoさんたちなのだと思います。


■緩急がすごい
楽曲がいいとか、歌が上手いとか、パフォーマンスがいいとかいうのは、超レッドオーシャンな分野で、受け止める側の好みの問題もあるので不毛な話になりがちですが、Negiccoさんはここについて決定的な強みを持っていると感じます。それは、緩急です。
まず、さっきも書いたように、芸能人然としていない彼女たちの人間性があります。歌い踊っていない彼女たちはひたすら感じのいいお嬢さんで、なんならちょっとシャイな印象すらあります。それから、ねぎっこという名前がいい。頻度は減りましたが、ネギを持ったりしてるのもいい。新潟に住んでいて、何かあるたびに上京してくるのも素晴らしい。いい感じに緩いトークもすばらしい。面白い上に、彼女たちがリラックスした様子で色々話してくれる様子を見ているのがとにかく嬉しい。そういう全部が初見の観客を油断させるので、彼女たちの素晴らしいボーカル、コーラスやダンス、度を越したグッドミュージック、そう言ったものがものすごく刺さる。
初めてネギさんを見たとき、リリイベのリハーサルにおずおずと現れた感じのいいお嬢さんたちが恥ずかしげに挨拶したあと、イントロがかかって踊り始めた時の衝撃、鮮やかに撃ち抜かれる感じは、今でもよく憶えています。
予告なく繰り出されるものすごいギャップ。紛れもなく、強力な武器です。
嶺脇さんがかつて、アイドル10年という番組で「ネギと新潟が武器」と言っていましたが、まさしく慧眼だったなあと思います。
だから、これからもガンガン、ネギネギ言ってネギを振って行くべきだと思います。このご時世、とにかく他のグループと違うということが大事だと思うし、それは彼女たちのパフォーマンスを引き立てこそすれ、損なうものはなにもないと思います。
ほっこりさせておいて、ズバッと決める。ほっこりにおいても、ズバッについても当代一流の実力を持っている。それこそがNegiccoの圧倒的なスタイルだと思うのです(うまいこと言ったつもりか)。


■三人の関係性がたまらない
Negiccoさんお三方は強い絆で結ばれていますが、それはなにがあっても揺るがない鋼鉄の絆、というようなものではありません。
むしろ、違っている部分をそれぞれ持っているために、お互いがお互いを思い合って、真珠のように時間をかけて育んできた絆であるように見えます。それがとても愛おしく、尊いものに感じます。
まず、関係を続けたい、わかりあいたい、という意志から始まる関係。それを、まともすぎる、誠実すぎる三人がじっくり育てる。過酷な世界で戦いながら、なんでそんなことができたのかわかりませんが、三人と、それを取り囲んで守ってきたみなさんの人柄によるものとしか考えられません。


■こんな人たちが幸せになれない現実なんて間違ってる
そういった全部を総合して、そう思いました。こんなにすごいのに、その扱いはないよ、という憤りが、ぼくの出発点でした。以前も書いたけど、Perfumeさんを応援しはじめた時に反応していた回路が、Negiccoさんにも全く同じように反応して、ぼくはNegiccoさんのファンになったのでした。

Negiccoさんが少しづつ大きくなって行くのをゆっくり一緒にみていられたこの年月は、とてもとても幸せでした。
立場が人を変えるとはよく言われることだし、僕自身を振り返ってもそう思います。テレビCMやかぜぐすリリックを見れば、いまや彼女たちは誰もが憧れる人気者になりつつあります。でも、Negiccoさんは変わらずNegiccoさんです。最初の話題の繰り返しになりますが、それが本当に稀有なことだと思うし、それをごく自然にやっているNegiccoさんは本当に素敵だと思います。
幸い、Negiccoさんはまだ僕たちの良き隣人でいてくれています。手の届かない存在になる日はもうそこまで来ていると思うけど、まだ大丈夫。このblogを読んでいる人の中にはあんまりいないと思いますけど、もし、まだNegiccoさんのライブを見たことがない人がいらっしゃったらぜひ体験して欲しいし、特典会があればぜひ彼女たちと会話して見て欲しいです。