あなたを見ているときだけ世界は完璧だ

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俺の中二病

伊集院光さんは、思春期にありがちな、思い込みの激しい世界認識・妄想を総称して「中二病」と定義されました。私は40を目前にして、いまだに勝手な世界設定を妄想したり、それに基づく妄言を吐き散らかす職業についているわけですが、私が実際に中二の頃というのはひどいものでした。

14歳当時、私がなりたいと思っていたのは、中村光一さんのようなスーパープログラマー、ではなく、僧侶でした。お坊さんです。書店でお経の本を買い求め、自分の部屋にあったソファの上に座布団を敷き、そこにみやげ物の地蔵のキーホルダーを本尊として設置、その辺で摘んできた名前もわからない花を供え、毎朝5時に起きて読経をしておりました。なんという気持ち悪い中学生でしょう。友達を呼ぶときは「~殿」、日常的に「そもさん」とか「せっぱ」とか言って喜んでる始末。今の俺が当時の俺に出会ったら、バール状のもので思いっきり殴打して始末すると思います。

今にして思うのは、これは私の隠棲傾向をしめすものだよなあ、ということです。要するに、引きこもりたかったのですね。ただ、家の中に閉じこもるという選択肢は自分にはなかったので、なるべく世間の猛烈な競争からは距離の置けそうなところに行きたかったのでしょう。それと、アイデンティティにも悩んでいたので、とにかく他人と違った事をしたくて仕方なかったのだと思います。まあ、そんな時期にアイデンティティが確立されていたら、それはそれで不幸な気もしますが。
まあ、そんなわけで、自分が成長するにつれ、徐々に自分でもそういった奇矯な振る舞いを矯正し、見た目上は徐々にフツーになっていった(と自分では思っている)私ですが、この業界、上には上がいるものです。

ミリオンヒットを記録するようなディレクターは、ものすごく頭のいい人か、ものすごく変な人か,頭のいい変な人のいずれかですが、後者のほうはなかなかすごいものがありました。
日々踵落としの練習をして、どれくらいの年齢の人間に致命傷を与えられるか熱心に研究したり、蟷螂拳の修行をしに台湾に渡ってみたり(違ったかな)…。でも、そのくらいの強烈な特徴・こだわりを持った人でないと、突き抜けたものを作るのは難しいのではないかと思うのです。もし中二病的な傾向をお持ちの方は、それを矯正するのではなく、磨きをかけていくという方向も検討されてはいかがでしょうか。世界がフラット化する今、案外そういった特異性が求められているのかもしれません。求められていない特異性もあるでしょうけど。