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地震

中国で大きな地震があったそうですね。こういうニュースを聞くと、阪神淡路の震災のことを思い出します。

当時私はC社の新入社員で、尼崎市の社員寮に住んでおりました。三連休の最後の日、同期の部屋での格ゲーでの対戦にも疲れて、もう寝なくちゃ、でも寝ちゃったらもう仕事だからなあ…、などと煩悶しているときに、それはやってきました。
最初に聞こえるのは、異様な地鳴りでした。寝ぼけると自動応答する機能が装備されている私がはっと目覚めたくらいですから、相当な音量だったはずです。だしぬけに、自動車でギャップに乗り上げたときのような、硬い感触がベッド越しに尻に当たりました。
この頃には「地震だ、それもそうとうすげえ地震だ」ということは理解され始めておりましたが、それと適切な行動を取れるかどうかは全くの別物です。結局のところ、ベッドに上半身だけ起こして意味もなく体の周囲を手で抑えて「おおお、おおお」と意味のない声を出すくらいのことしかできませんでした。
本棚からすべての本が身を躍らせます。テレビ台の上に置いてあったX1turbo2のモニターが部屋の対角線上をころころ転がって移動していきます。そういう光景を目の当たりにしてもびっくりするくらい現実感がありませんでした。
揺れが収まるとすぐテレビをつけました。テレビでは尼崎市は震度4か5と報道されていたと思います。すげえ地震だと思ったけど大したことなかったんだな、と思ったのをよく覚えておりますので。5時前だったのですが、とりあえず実家に電話をかけて、「地震のニュースが流れると思うけど、大丈夫、生きてるから」と伝えました。両親はなんだか迷惑そうでしたが(あたりまえ)、この後電話が繋がらなくなることを考えると結果的には親孝行だったかなと思います。
実家に知らせてしまうと、とりあえずほかにやることがありません。そこで思いついたのは、「これだけでかい地震なら、電車は動かないんじゃね?」ということでした。「あー、残念、仕事したいけど出勤できないんじゃなー」などと言いながら、さっさと二度寝に入ったのは、我ながらいい度胸だったと思います。ゲーム屋を10か月もやると、チャンスがあればいつでも眠れるようになるのです。

惰眠を貪る私は、寮の廊下で話し合う同僚たちの話声で目を覚ましました。寮長のSくんが怖い怖いM課長代理に連絡をとってくれて、「今日は休め」と言われた、と伝えてくれました。あのMさんも休めと言ってくれるのか、という気持ちと、「今日だけかよ!」という思いで非常に複雑な心理になったのを思い出します。

とりあえず周囲の状況を把握しよう、ということで、同期の6人で連れ立って街を回ってみました。まわりの一戸建てではブロック塀が倒壊したり、家具が倒れたりしており、割れたガラスが散乱しているところもありました。マクドナルドはなんと平常通り営業しており、長い行列ができていました。駅のそばではよくわからない宗教団体の人がチャンスだと思ったのか「天罰があたりました!」などと叫んでいました。あの人は無事に家に帰れたのでしょうか。
何軒かの家で片付けを手伝って寮に帰る頃には、西の空が白く曇って見えました。当時は、「曇ってくるね。雨降ったら雨漏りしないかな」などとのんきな心配をしていたものですが、今から思えばあれは神戸の火災の煙だったのだろうと思います。

結果的に私自身はたいした被害にはあってないのですが、あれ以来、地震が怖くなりました。地震のニュースを見ると、ベッドの上で「おおおお」と声をあげていた時の気持ちを思い出します。夜中に小さな地震が来ると泣きたくなります。

中国の方が一人でも多く救助され、もとの生活を取り戻されることをお祈りいたします。