あなたを見ているときだけ世界は完璧だ

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1994年のワンルームディスコ

新年度ですね。私の周囲にも新入社員の方々がいて、そういう方々を見ておりますと、はるか昔となった自分の新入社員時代のことを思い出してしまいますた。

私は当時、関西のゲーム会社に就職しました。関東出身だったので、社員寮です。6畳1Kの借り上げアパートで家賃がだいたい2万円くらい。寮だったので安かったんですけど、まあ、月給も安かったですからね。新入社員の初々しさがなくなる頃には、会社に電気釜やホットプレートを持ち込んで昼飯を自炊して生活の苦しさをアピールしたりしてました。朝の点呼の時に、米研いでて怒られたりしてました。

当時、一人暮らし自体はすでに5年目でしたけど、自分で稼いで生活するんだ、ということに結構な不安を感じていました。またね、新卒で、できるかどうか証明できてないゲームの企画をやろう、やったらできるべ、っていう状態なわけですから、余計ですよね。

我々はその会社が一気に開発部隊を拡充しようとしていたタイミングで採用された世代だったので、その寮は全員同期だったのです。入社の3日前の入寮だったのですが、みんな友達もいないし、ライバルでも味方でもある同期にお互い興味津々、加えて全員ゲーム好きなわけですから、そこかしこの部屋に集まって「いたスト」やら「ストⅡ」やら対戦しつつ、お互いの距離を測っていたような気がします。

今思えば、あの数日間というのはゲーム屋人生のフォーメーションラップみたいなものだったのかな、と思います。15年が過ぎて振り返ると、名を成したものも、そうでないものも、辞めちゃった人もそうでない人もおりますけど、あの数日間はその全員が希望に胸を膨らませていたわけで、何もかもが懐かしく慕わしく思い出されますです。いろいろ痛い目にあったり、辛い目にあったりして臆病にもなるけれど、不思議と「あの時別の道を選んでればなー」とは思わないんです。

主力ハードがスーパーファミコンプレイステーションの発売はこの年の12月3日、中田ヤスタカじゃなくてTKが全盛の時代でした。